東京高等裁判所 平成5年(行コ)49号 判決
東京都杉並区荻窪三丁目七番二三-三〇二号
控訴人
日下正一
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被控訴人
国
右代表者法務大臣
三ケ月章
右指定代理人
藤村泰雄
同
時田敏彦
同
中村宏一
同
蜂谷光男
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一申立
一 控訴人
控訴人は、当審における口頭弁論期日に出頭しなかったが、その陳述したものとみなされた控訴状によれば、次のとおりの判決を求めるというものである。
1 原判決を取り消す。
2 主位的請求
被控訴人は、控訴人に対し、金五万二四〇〇円及び内金七七〇〇円に対しては昭和四九年五月一日から、内金四万四七〇〇円に対しては昭和五〇年七月三一日から、いずれも支払済まで年一割六分五厘の割合による金員を支払え。
3 予備的請求
被控訴人は、控訴人に対し、昭和四九年五月一〇日付けでした昭和四八年分の確定申告に基づく同年分の源泉所得税の還付金二二万二〇〇〇円のうち、金七七〇〇円を昭和四八年分の所得税と対当額でした相殺及び昭和五一年五月三〇日付けでした昭和四九年分の確定申告に基づく同年分の源泉所得税の還付金一六万三二〇〇円のうち、金二万九二〇〇円を昭和四八年分の所得税と、金一四〇〇円を同年分の過少申告加算税と、金一万四一〇〇円を昭和四九年分の所得税とそれぞれ対当額でした相殺が無効であることを確認する。
4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
控訴棄却
第二事案の概要
次のとおり付加するほかは、原判決事実及び理由の「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人)
一 原判決は、不告不理の原則に反する違法があるから取り消されるべきである。控訴人の本件各請求は、抗告訴訟ではなく、行政主体たる被控訴人国に対し不当利得ないし過誤納金の返還を請求する通常訴訟ないし実質的当事者訴訟であるから、原判決は、事実を誤認し、法律の解釈適用を誤った違法がある。
二 本件各請求の前提たる所得は、訴外株式会社飯能光機製作所における労働の対価たる給与所得であって事業所得でないから、原判決が援用する東京地方裁判所昭和五〇年(行ウ)第一三四号及び同裁判所昭和五一年(行ウ)第七九号事件(以下「前訴事件」という。)の各第一審判決は、仮に確定したとしても、事業所得としての前提を欠くものであるから無効というべきである。
三 所得税法における給与所得については、行政庁(飯能税務署長又は荻窪税務署長)が納税者たる控訴人に対し直接課税又は更正、再更正もしくは徴収を行うと定めた規定はなく、すべて一元的に源泉徴収義務者が計算し、徴収及び年末調整すべきものと規定されているから、行政主体たる国が行った本件相殺は、憲法八四条、三一条、二九条一項に反する違法があり無効である。
第三当裁判所の判断
次のとおり付加・訂正するほかは、原判決事実及び理由の「第三 当裁判所の判断」欄記載と同一であるから、これを引用する。
一 原判決五枚目表一行目から五行目までを次のとおり訂正する。
「控訴人は、本件各請求は、抗告訴訟ではなく、行政主体たる被控訴人国に対し不当利得ないし過誤納金の返還を請求する通常訴訟ないし実質的当事者訴訟であるとして、本件予備的請求においては、本件各充当につき相殺の無効確認を求めている。
確認の訴えは、特に確認の利益がある場合に限って許されるところ、確認の利益は、判決をもって法律関係の存否を確定することが、その法律関係に関する法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位の不安・危険を除去するために必要かつ適切である場合に認められるものである。
そこで、控訴人の本件予備的請求について、確認の利益が認められるかについて検討するに、控訴人が無効確認を求めている相殺(本件各充当)は、現在の法律関係ではなく、過去の法律行為にすぎない上、控訴人は、既に本件主位的請求において相殺(本件各充当)の無効であることを前提に被控訴人国に対し本件還付金等の返還を求めているのであるから、重ねて相殺(本件各充当)の無効確認を求める訴えの利益はないというべきである。
したがって、本件予備的請求に係る訴えは、確認の利益を欠き不適法であって却下を免れない。」
二 同別紙1頁の上から九行目及び一五行目の「8項」を「8号」と各訂正する。
三 控訴人は、本件各請求の前提たる所得は、給与所得であって事業所得ではないから、前訴事件の判決が仮に確定したとしても、事業所得としての前提を欠き無効であると主張するが、証拠(乙一ないし六)によれば、前訴事件において本件更正等の対象となった控訴人の所得は事業所得であったことが明らかであるから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。
四 控訴人は、本件相殺(本件各充当)は、憲法八四条、三一条、二九条一項の規定に反する違法があり無効であると主張するが、国税通則法五七条は、国税の納付手続及び還付金等の還付手続の簡略化という公益上の観点から、政策的、技術的配慮に基づいて、課税庁の側のみに相殺禁止(同法一二二条)の例外を認めたものであり、合理的な理由があるから、本件相殺(本件各充当)が憲法八四条(租税法律主義)、三一条(法定手続の保障)、二九条一項(財産権の不可侵)の規定に違反し無効であるということはできない。
第四結論
したがって、控訴人の本件主位的請求は理由がなく、本件予備的請求に係る訴えは不適法であるから、本件主位的請求を棄却し、本件予備的請求を却下した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。
よって、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 時岡泰 裁判官 大谷正治 裁判官 小野剛)